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歳を重ねることが、もっと楽しみになる社会へ。

Ezofrogsで向き合った認知症予防とハッピーな人生

​山口 春菜

Yamaguchi Haruna

小樽商科大学 1年生​(2025年当時)​

出身地:北海道・室蘭市生まれ・札幌在住

​テーマ:楽しみながら認知症予防に取り組めるアプリ「ラップDE老GO」の開発

「自分もいつか歳を重ねるなら、その未来にもっとワクワクできる社会がいい。」

そう感じたことが、山口春菜さんの問いの出発点でした。

 

身近には、歳を重ねてもいきいきと毎日を楽しんでいる人たちがいる。

けれど、ニュースや社会の空気の中では、老後はどこか不安や退屈と結びつけて語られがち。

なぜ、老いることはもっと前向きに語られないのだろう。

 

好きなことをして生きていきたいと留学先で感じたことが挑戦の出発点。

起業したい。もっと大きなことに挑戦してみたい。

そんな気持ちで飛び込んだEzofrogsで出会ったのは、社会課題と本気で向き合う時間でした。

好きなことをして生きる。その憧れが挑戦のはじまり。

ーーまず、今につながる原体験から聞かせてください。どんな学生時代を過ごしてきましたか?

高校も大学も推薦で進学しました。高校ではもともと吹奏楽を頑張りたくて入ったんですが、思っていたようには続けられなくて、その道は途中で諦めることになりました。そこからはアルバイトをしたりしながら、自分はこれから何をしたいんだろう、と考える時間が増えていった気がします。

大学進学を考える中で見つけたのが、小樽商科大学のグローカルコースでした。総合型受験では、面接もディスカッションも英語で、本当に死ぬほど頑張りました(笑)。もともと小さい頃からコーヒー牛乳が大好きだったので、面接では「コーヒー牛乳を世界に広めたい」という話をして、入学前にはギャップイヤーを使ってマレーシアにも行きました。でも、実際に行ってみたら想像以上にめちゃくちゃ美味しくて!これは販路開拓が難しいなと思い「コーヒー牛乳を世界に広める」という夢は一旦諦めることになったんですけど、自分の好きなことを仕事にしている人が多くて、「好きなことで生きていくっていいな」と思うようになりました。その経験が、起業や、もっと大きな挑戦をしたいという気持ちにつながっていきました。

 

ーーEzofrogsを知ったきっかけは?

日本に帰ってきてからは、総合型選抜の受験をサポートする活動を立ち上げました。自分が受験で頑張ってきたことを教材にして、これから受ける高校生たちの近道になればいいなと思ったんです。

やっていくうちに、この活動をもっとスケールさせて、事業として大きくしていけたら面白いな、起業にもつなげられるかもしれない、と思うようになりました。そこで大学の先生にその話をしたら、Ezofrogs卒業生の大砂百恵ちゃんにつないでもらって。そこからEzofrogsのことを知りました。

応募したのは締切の1時間前で、実は居酒屋で申し込みました(笑)。かなりギリギリだったんですけど、そのときの勢いも含めて、自分らしい最初の一歩だった気がします。

 

ーー最終選考はどうでしたか?

オンラインで2日間あって、最初は「そんなに本気でやるんだ」とびっくりしました。同じチームだったメンバーもすごく優秀で、自分はそこまで全力で向き合えていなかった部分もあったと思います。だから、受かったときも「ラッキーだったな」という気持ちが大きかったです。

 

ーー参加を決めるまでに迷いはありましたか?

事前に調べて申し込んだわけではなかったので、迷うというよりは、Ezofrogsがどれだけ本気の場なのかを知らなかった、という方が近いかもしれません。予定表を見て「土日にこんなにやるんだ!」と知って驚いたり、金曜の夜に飲みに行けなくなるなと思ったり(笑)。でも、吹奏楽をやっていた頃は朝5時に起きて練習するような生活もしていたので、「半年ならやれるかも」と思えました。

 

ーー最後に一歩踏み出せた理由は何だったと思いますか?

たぶん、自分の中にずっと「ビッグになりたい」という気持ちがあったからだと思います。マレーシアに行ってから、世界には自分の知らない働き方や生き方がたくさんあると知って、その景色をもっと見たいと思うようになりました。Ezofrogsは、その入口になりそうだと感じました。

高齢者の人生は、もっと明るく、もっと面白くできるはず。

ーーEzofrogsではどんな課題解決に取り組みましたか?

高齢者が認知症予防をもっと楽しく、もっと身近に感じられて、お金を払ってでもやりたくなるようなサービスを作りたいと思って、ラップで認知症を予防する「ラップDE老GO」というアプリを開発しました。具体的には、高齢者の人生や価値観、武勇伝などを入力すると、3分間のラップになるアプリです。

 

ーーその課題に興味を持った理由は?

もともとは、総合型選抜の受験サポートの事業をスケールさせて起業したいと考えていました。でも、ezofrogsの大湊さんや渡辺さんと話す中で、私たちに教えられることって実はそんなに多くないのではないか、と考えるようになりました。

そこから、名古屋・東京合宿のあたりで、受験サポートの事業から一度ピボットすることになりました。じゃあ自分は何に向き合いたいんだろう、と考えたときに、社会課題をいくつか挙げて、それぞれに対してどんなソリューションがあり得るかを書き出していったんです。

その中でも、ずっと気になっていたのが高齢者に関するテーマでした。最終選考のときにも高齢者向けのアイデアを考えていたこともあって、「どうしたら高齢者がもっと明るくなれるんだろう」「歳を重ねていくこと自体が楽しみになる世界ってつくれないのかな」と考えていた気がします。

祖父が急に亡くなった経験もあって、「人って本当に死ぬんだ」と強く感じたことがありました。だからこそ、一緒にいられる時間をもっと大切にしたいと思うようになりましたし、高齢者の人生が少しでも明るくなるものを考えたいという思いもありました。母が介護士なので、施設に行かせてもらったこともありますし、祖父母の世代もすごく身近でした。そうした感覚が重なって、このテーマは自然と自分の中から出てきたものだったと思います。

 

ーーなぜ「認知症予防」にフォーカスしたのでしょうか?

最初から「認知症予防をやりたい」と思っていたわけではなかったんです。自分の中に最初にあったのは、もっとおじいちゃんおばあちゃんの人生が明るくなったらいいのに、という感覚でした。

もともと、世の中には「若い頃が一番」とか、「老後はどこか楽しくなさそうなもの」みたいな空気がある気がしていて。ニュースとかSNSで見かける言葉の影響もあるのかもしれないんですけど、高齢者の人生って、どこか前向きじゃないものとして語られがちだなと思っていました。

でも実際には、高齢者って長く生きてきた分だけ、スキルもあるし、深い価値観もあるし、持っているものがすごく多いじゃないですか。おじいちゃんおばあちゃんたちの麻雀友達がいるんですけど「めっちゃ楽しそうじゃん」と思うこともあって。そういう姿を見ると、歳を重ねることって本当はもっとワクワクできるもののはずなのに、なんで社会全体ではそうなっていないんだろう、という違和感がありました。

だから、自分の中の最初のビジョンはずっと「高齢者の人生を明るくしたい」だったんです。その実現の方法を考えていく中で、認知症予防という切り口にも意味があるなと思うようになりました。認知症予防にできることを考えることも、結果的には高齢者の人生を明るくすることにつながるんじゃないか、と。

 

ーー実際に「ラップDE老GO」を形にしてみて、どんな反応がありましたか?

身近なおじいちゃんおばあちゃん世代に見せたときは、すごく面白がってもらえました。自分の人生が歌になる、しかもラップになるって、やっぱり珍しいじゃないですか。だから「面白いね」と喜んでもらえることは多かったです。

一方で、サービスとして考えるとかなり難しさもありました。認知症予防に、なぜラップなのか、なぜ音楽なのか。本当に効果があるのか。そもそもニーズがあるのか。マネタイズはどうするのか。いろんな人に話を聞いてもらったり、ピッチをしたりする中で、そこは何度も問われました。

実際、「そんなマーケットないから今すぐやめた方がいいよ」と言われたこともありましたし、「まずはちゃんとニーズを調べた方がいい」とフィードバックをもらうことも多かったです。アイデアとして面白い、で終わらせずに、ちゃんと社会実装できる形にする難しさをすごく感じました。

でも、その過程でいろんな人に話を聞いてもらえたり、ピッチの機会をいただけたりしたことは、自分にとってすごく大きかったです。2025年11月には北海道起業家甲子園でNICT賞をいただいて、2026年2月にはシリコンバレーブートキャンプにも参加しました。最終成果発表のRyukyu Leap Dayでは2社から賞をいただきました。

名古屋のTech GALAでは、呂布カルマさんにサービスへのフィードバックをいただく機会もありました。半年前、同じ名古屋で「自分には何もない」と泣きそうになっていたことを思うと、少しだけ成長した自分を感じられた出来事だったと思います。

アイデアを形にした先で、本当の難しさが見えてきた。

ーー一番大変だったこと・壁にぶつかった瞬間は?

Ezofrogsの熱量と本気度に向き合うことだったかもしれません。Ezofrogsは、大人たちが責任もなく「頑張ってね」と応援する場ではなくて、本当に責任を持って関わってくれる場所だったんです。だからこそ、違うと思ったことはちゃんと指摘されるし、中途半端なままでは通してもらえない。

今振り返ると、強豪校の部活みたいな雰囲気に近かったと思います。甲子園に出る前の野球チームくらい熱い、というか(笑)。一人ひとりが本気でやっているし、その中で誰かが少し先に進んでいたり、逆に自分が遅れているように感じたりもする。そういう感覚ってあまり経験してこなかったので大変さはありましたが、同時にすごく面白くもありました。同期のみんなは、学校にはいないようなタイプばかりで、同じ立場・同じフィールドで挑戦している仲間がいること自体が新鮮だったんです。比べて落ち込むこともあったけれど、それ以上に、「こういう人たちと一緒にやれるんだ」という刺激の方が大きかったと思います。

だからEzofrogsでぶつかった壁は、単にプロダクトの壁だけじゃなくて、本気で向き合う環境そのものだったのかもしれません。厳しかったけれど、その分、自分もちゃんと変わらなきゃいけないと思わされる時間でした。

 

ーー印象に残っているフィードバックや言葉は?

一番残っているのは、大湊さんの「やれよ」です(笑)

私がいつも「こうした方がいいですかね」と聞いたときに返ってくる言葉で、すごくシンプルなんですけど、自分に足りなかったのはこれだと思いました。正解を聞く前に、自分でやってみる。その姿勢を突きつけられた感じがありました。

 

ーーEzofrogsで強く影響を受けた人はいますか?

たくさんいます。起業家の話を聞くのも初めてだったので「世の中にこんな人たちがいるんだ」と驚きました。学校にいたら絶対に話せない人たちと出会えるのが、本当に面白かったです。

同期の存在も大きかったです。学校にはいないような人たちばかりで、同じ立場で刺激し合えるのが新鮮でした。特に、忘れられない存在は一色 潤くんです。深い話をたくさんしたわけではないけれど、ライバルでもあり、仲間でもあり、不思議なくらい印象に残る存在でした。

 

ーーこの経験を通して、新しく見えたことは?

「自分はまだまだだな」ということです。今までの自分の世界の中では、それなりにできる方だと思っていたけれど、Ezofrogsに入ってからは、自分よりすごい人がいくらでもいると知りました。それは落ち込むことでもあるけれど、同時に、もっと成長したいと思えるきっかけにもなりました。

視座が変わると、挑戦の意味も変わっていく。

ーー世界を見る視点は変わりましたか?

変わったと思います。シリコンバレーの経験も大きかったです。日本ですごいと思っていた人たちより、さらにすごい人がたくさんいて、自分がアリみたいに小さく感じる瞬間がありました。

同世代で起業を目指している学生たちと一緒に過ごして、自分の世界の狭さを痛感しました。すでに法人を持っている人や、何度もピボットしながら動いている人、MVPの質がすごい人もいて、レベルの高さに圧倒されました。

それまで自分の中にあった根拠のない自信は、正直かなり砕かれました。でも同時に、自分の視座の低さを知れたことが大きな学びでもありました。ピッチは、すること自体に意味があるわけではなくて、その先でどれだけ人とつながり、フィードバックをもらい、次に活かせるかが大事なんだと実感しました。

このキャンプを経て、事業の細かい部分への執着が少しなくなって、本当に自分がやりたいことは何か、どんな未来をつくりたいのか、もう一度ビジョンに戻って考えられるようになったと思います。

 

ーー今後挑戦したいことは?

休学や留学も含めて、もっと世界に出る選択肢を考えています。まだ在学中に何をゴールにするのかは迷っている部分もありますが、自分のやりたいことをもっと追求していきたいです。

 

ーーEzofrogsの経験はこれからどう活きそうですか?

思っていることを、ちゃんとアクションに変える力として活きると思います。営業も、開発も、相談の仕方も、全部少しずつ経験したことで、自分のやりたいことを実現するための“動き方”がなんとなく見えてきました。あと、相談できる大人が増えたのも大きいです。何かやりたいと思ったときに、力になってくれる人がいるのはすごく心強いです。

 

ーー参加を迷っている人にメッセージをお願いします!

迷っているなら、入った方がいいと思います。やってみて合わなかったら、それはそれで教訓を持って帰れるし、何も持たずに終わることはないです。逆に、思ってもいなかったところで才能が開花するかもしれない。Ezofrogsは、その可能性をちゃんと引き出そうとしてくれる場所だと思います。だから私は「一回入りなさい!」って言いたいです(笑)

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